仙台高等裁判所 平成8年(ネ)152号 判決 1996年10月14日
控訴人(被告) 野村證券株式会社
右代表者代表取締役 酒巻英雄
右訴訟代理人弁護士 松倉佳紀
被控訴人(原告) 星川八郎
右訴訟代理人弁護士 村山永
主文
一 原判決を次のとおり変更する。
1 控訴人は、被控訴人に対し、金八九万四二〇〇円及びこれに対する平成六年九月三日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
2 被控訴人のその余の請求を棄却する。
二 本件控訴中その余の部分を棄却する。
三 訴訟費用は、第一、二審を通じ、これを二分し、その一を被控訴人の負担とし、その余を控訴人の負担とする。
四 この判決は、第一項1に限り、仮に執行することができる。
事実
第一申立
控訴人は、「原判決中、控訴人敗訴部分を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。
第二事案の概要
原判決の当該欄記載のとおりであるから、これを引用する。
第三証拠<省略>
理由
一 本件の事実経過
事案の概要欄記載の争いのない事実及び証拠(甲一ないし三の各1、2、四、五、乙二ないし五、一〇ないし一二、原審証人南城勇人、同清水光史、原審での被控訴人)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。
1 被控訴人は、木材会社の従業員を経て、昭和五四年にビルの清掃及び管理を業務とする三幸ビルサービス株式会社を設立し、その代表取締役をしている者であり、昭和五七年に控訴人から国債株式ファンドを一度買付けたことがあるが、それ以外は、株式等の証券取引の経験はなかった。控訴人山形支店の南城は、平成二年九月頃右会社に被控訴人を訪れ、被控訴人に相場の状況等を説明したところ、被控訴人は株式取引に興味を示すようになり、同年一二月に新日軽の株式一〇〇〇株を二九一万円で買付けた。その後、被控訴人は、控訴人と継続的に株式等の取引をするようになり、後記石原産業のワラント購入時までの間に、新日軽を含む株式を一一銘柄買付けた。そのうち三銘柄は被控訴人が銘柄を指定し、その他は南城の勧めで買付けることになったものである。その一銘柄当りの購入代金は、一〇〇万円前後から三三〇万円前後であり、その代金は、手持の株式を売却し、それを次の買付資金に充てるというのが殆どである。
2 被控訴人は、平成三年九月二〇日、石原産業のワラント一〇単位を一〇三万四七一二円で買付けた。これは、南城が同日被控訴人に電話で勧誘したものである。また、南城は、その少し前に、被控訴人を訪問した際、アラビア石油の外貨建ワラントの購入を勧誘したこともあるが、そのときは、被控訴人はリスクが大きいとして断っている。これらの勧誘の際、南城は被控訴人に対し、ワラントとは一定の価格で一定の株数の新株を買付けることができる権利であること、ワラントの価格は、株価に連動して動くが、株が一割上がれば約三割上がり、逆に一割下がれば約三割下がるというハイリスク・ハイリターンの商品であること、権利行使期間というものが予め定められていることなどを説明したが、それ以上に後記3のようなワラントの証券としての特性や、その株式との相違等について説明をしたことはなく、被控訴人は、漠然とワラントは株式の一種であるが、普通の株取引よりは危険を伴う代わりに利益も大きいと考え、その勧誘に応じたのであった。
3 ワラント(新株引受権証券)とは、ワラント附社債(新株引受権附社債)のうち社債部分から分離されて独立に取引の対象とされている新株引受権ないしこれを表章する証券のことであり、発行会社の株式を一定の期間(権利行使期間)内に一定の価格(権利行使価格)で一定量購入することのできる権利が化体されている。ワラントの価格は一般的には株価に連動して動くものではあるが、ワラントは、その発行条件決定時の株価より約二・五パーセント高めに設定された権利行使価格に、さらにワラントの購入費用を上乗せした水準まで株価が上昇しなければ、最終的な権利行使時に利益が生じないものであるから、本件ワラントのように、ワラント購入時の株価が権利行使価格を下回っているような場合には、将来的に株価が右のような水準まで上昇する見通しや思惑が成り立たない限り、多少株価が上昇したからといって、直ちにワラントの市場価格が上昇するわけではないし、そのような見通し等が立たなくなれば、権利行使期間が残存していたとしても、株価の下げ幅の大小いかんにかかわらず、ワラントは、全く無価値なものとなってしまう。ワラントの市場価格は、このような将来の株価上昇に対する期待度(プレミアム)に大きく左右されるところ、その変動率は株価の変動率より格段に大きいし、そのほかに権利行使期間の長短や、ワラント価格の絶対水準の高低、流通性の大小等によっても左右されるのであって、その価格形成要因は相当複雑である。なお、ワラントの購入に際しては、購入にかかるワラント数とその購入時の単価がポイントとして示されるのみであり、それによって何株の新株引受権を購入したのかが明示されているわけではないから、購入者が新株一株当りのワラントの購入費がいくらになるのか、したがって、購入にかかるワラントの株価がいくら以上に上昇すれば、ワラントの権利行使によって利益が生まれるのかを計算することは容易ではない。加えて、ワラントの実際の売買は株式と異なり、証券会社と顧客との相対取引であり、株式のように公開された市場価格に従っての取引が保証されているわけではないし、外貨建ワラントの場合には、さらに、転売に際して為替相場の変動によるリスクも生じるなど、ワラントは価格形成の面以外でも株式とは異なる特性を持った証券である。
4 石原産業のワラントは、買付一週間後の平成三年九月二七日に売却して、被控訴人は二二万円余の利益を得た。
5 南城は、平成三年一〇月一日、被控訴人方に赴いた際、「国内新株引受権証券及び外国新株引受権証券の取引に関する確認書」に被控訴人の署名押印を貰い、これを持ち帰った。右確認書は、「国内新株引受権証券(国内ワラント)取引説明書及び外国新株引受権証券(外貨建ワラント)取引説明書」の末尾に綴じ込まれているものである。これらの説明書は、それ以前に被控訴人にも交付されており、被控訴人もそれに目を通す機会はあったと思われるが、そこに記載されている内容は必ずしも具体的で分かりやすいものとはいえず、通常人が一読してワラントの前記のような特性を理解できるようなものではない。
6 南城は、同年一〇月二二日、被控訴人を訪問して本件ワラントを勧め、被控訴人はこれに応じて本件ワラント一〇単位を購入した。その際の説明もユアサ商事の株価の上昇が期待でき、ワラントはその利益幅が非常に大きいから買っておいた方が得だというようなものであり、それ以上に前記のようなワラントの特性や、ユアサ商事の株価がいくら位まで上昇すれば、ワラントの権利行為によって利益が生まれるのかについての説明もなかった。なお、当時のユアサ商事の株価は九三〇円であり、権利行使価格は一〇五〇円三〇銭であったが、ワラントの購入費が新株一株当り一四八円程度かかっているので、株価が残存の権利行使期間である約二年一〇か月のうちに一二〇〇円位にまで値上がりしないとワラントの権利行使によって利益が生まれない状態であったし、そのような見通しないし思惑が成り立たない限りワラントの市場価格が上昇する可能性も乏しかった。しかも、当時は、いわゆるバブル景気がはじけた時期であり、株価が上昇基調にあったわけでもなく、客観的にみて、そのような見通し等は立てにくい状況であった。南城は、平成四年三月一八日、被控訴人に電話し、本件ワラントが株価以上に値下がりしていること、権利行使期限まで二年半あるから、株価が少しでも上昇すればワラントもそれ以上に上昇する可能性があることを話し、ここで買増をすることによって、ワラント購入の単価を下げること(リターンリバーサル、いわゆる「ナンピン買い」)を提案し、被控訴人もこれに応じて本件ワラント二〇単位を買付けたが、当時のユアサ商事の株価はさらに七五〇円位にまで下がっており、ワラントの購入単価が下がったとしても、株価が一層大きな割合で上昇しない限り、ワラントの権利行使によって利益が生じない状態になっていた。
7 その後、被控訴人は、知合いの別の証券会社の社員が被控訴人方に来た際、ワラントを買った話をし、同人にその預り証を見せたところ、本件ワラントが紙切れに等しいものであると言われた。被控訴人は、これを聞いて驚き、日本経済新聞の株式欄を見たが、ワラントの価格が載っていなかったため南城に電話し、本件ワラントの価格はどこに記載されているか尋ねた。南城は、平成六年五月に転勤し、その後任となった清水光史は、同月三一日、引継のため、被控訴人方を訪ね、本件ワラントを売却する意向があるか否か聞いたところ、そのままにしてほしいとの返答だった。もっとも、当時、本件ワラントを権利消滅前に売却しても、一〇〇〇円位しか戻ってこない状況であった。
以上の事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。
二 判断
1 一般に、証券取引は、本来危険を伴うものであり、投資家自身において証券会社から提供される情報等を基礎に、自らの責任で当該取引の危険性の有無、程度を判断して行うべきものである(自己責任の原則)。しかし、他方、証券会社は証券取引について高度の専門的知識と豊富な情報を有しており、一般の投資家もその点に信頼を置いて証券市場に参入するものであるし、このような投資家の信頼は保護に値するものと考えられるから、証券会社が、投資家に投資商品を勧誘する場合には、投資家が当該取引に伴う危険性につき的確な判断をするのを妨げるような虚偽の情報又は断定的な判断を提供してはならないのはもちろんのこと、内容が複雑で危険性の高い投資商品を勧誘する場合には、当該投資家がその商品の取引に精通している場合を除き投資家の意思決定に当って必要な当該商品の内容、当該取引に伴う危険を相手方が理解し得るように説明する義務があるというべきである。
2 前記のように、ワラントは株式と種々の面で異なる特性を持つ証券があり、単に価格の変動が大きいばかりでなく、株価が一定水準まで上昇しない限り、最終的な権利行使時に無価値となるのみならず、そのような株価上昇の見通しないし思惑が成り立たない以上、流通段階においても全く無価値なものとなってしまうと大きな危険を持っており、その価格形成の要因も相当複雑なものがあるのであるから、証券会社の営業担当者がワラントの取引を顧客に説明するに当っては、そのようなワラントの特性と危険性を十分理解させる義務があるというべきである。
ことに、本件ワラントのように、ワラント購入時に株価が権利行使価格を下回っているような場合には、ワラントの権利行使によって利益が生じるためには、株価が権利行使価格にワラントの購入費を加えた額を超える水準まで上昇する必要があることや、そのような水準まで株価が上昇するとの見通し等が立つことがワラントの流通段階における市場価格上昇の前提となることなどをある程度説明する必要があると考えられる。このような説明をしないまま、単にワラントの価格は株価に連動し、その数倍の値動きをする、つまり株価が一割上がれば約三割上がり、一割下がれば約三割下がるというような説明だけでは、ワラントの価格変動の本質を突いた説明とはいえないのみならず、逆に誤解を招くおそれもある。そのため投資家は、権利行使価格を下回った状態での株価の上昇によっても、常にそれに数倍するワラントの値上り益を得られるものと思い込むなど、その売買について、時機に応じた的確な判断をしないまま取引の勧誘に応じてしまうことになりかねない。南城の原審における証言に懲すると、かなりの時間をかけて同人なりの説明を試みたことは窺い得るところであるが、その経験年数がさほどでないこともあって、業界内の取決め内容を含めてワラントの特質を同人自身どの程度まで理解していたのか疑わしい面も見られる。なお、ワラントは、株式と異なり、その取引価格が新聞等に公表されているわけではなく、投資家がその購入にかかるワラントの価格がどのように推移しているのかを直ちに知り得る状態ではないことも考慮されなければならない。
しかるに、本件ワラントの取引及びそれに先立つ石原産業のワラントの取引の勧誘に当って、南城がした説明は、ワラントの価格は株価に連動して動き、株が一割上がれば約三割上がり、逆に一割下がれば約三割下がるというようなものであって、ワラントの価格形成過程についての一般的な説明としても十分なものとはいえないし、本件ワラントの株価が権利行使価格を下回っていたことについても何らの説明もしないままであった。被控訴人は、このような南城の説明だけに基づいて、ワラントというものは株価が一割上がれば約三割上がり、逆に一割下がれば約三割下がるという程度の認識で石原産業や本件ワラントの購入を決意したものと認められる。石原産業ワラントの売買によって利益を得てはいるが、株式類似のものによって儲かったという程度の認識しかなかったことは原審における被控訴人本人尋問の結果に照らして明らかであり、右売買の経験によってもワラントの特質についての認識が得られてはいないというべきである。このような南城の勧誘は、証券取引に当って要請される説明義務に違反したものといわざるを得ず、控訴人は、民法七一五条に基づき、右違法な勧誘によって被控訴人が被った損害を賠償する責任がある。
3 本件ワラントはいずれも購入後転売あるいは権利行使によって利益を生じるような状況に至らないまま、権利行使期間である平成六年九月二日を経過し、無価値となったものであるから、いずれもその購入価格である本件ワラント一〇単位については一〇五万三二〇〇円、同二〇単位については五三万五二〇〇円が損害になるというべきである。
ところで、前記のようなワラントの株式と異なる種々の特性や、そのリスクの大きさ、また、本件ワラント購入時の株価と権利行使価格との関係等については、被控訴人も交付された説明書を入念に検討し、あるいは、南城に詳しい説明を求めるなどすれば、それを知り得ることができたと考えられるところ、被控訴人はそれをしていないのであるから、右損害の発生については、被控訴人にも落度があったというべきである。そして、被控訴人は、会社を経営していた実業家であって、株取引にもある程度の知識、経験があったことや、前述のように証券取引は本来自己の危険と責任で行うべきものであることなどからすれば、その落度は決して小さいものとはいえない。これらに前記認定の本件勧誘行為の違法性の程度等の諸事情を考慮すれば、過失相殺として、被控訴人の被った損害の五割を減ずるのが相当である。
したがって、被控訴人の損害は、前記各ワラントの購入金額計一五八万八四〇〇円の半額の七九万四二〇〇円となる。
4 被控訴人が本件訴訟の提起、遂行を被控訴人訴訟代理人に委任したことは記録上明らかであるところ、本件事案の内容、認容額等、諸般の事情を考慮すれば、被控訴人が控訴人に対し賠償を求め得る弁護士費用の額は、一〇万円とするのが相当である。
よって、控訴人は、被控訴人に対し、不法行為に基づく損害賠償として、八九万四二〇〇円及びこれに対する前記損害が確定した日の翌日である平成六年九月三日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金を支払う義務を負う。
三 結論
以上の次第で、原判決を主文第一項のとおり変更することとし、その余の本件控訴を棄却し、訴訟費用の負担について民訴法九六条、八九条、九二条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小林啓二 裁判官 及川憲夫 佐村浩之)